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NNN24で放送したインタビュー企画「ニュースと私」から一部を抜粋しました。

<「桶川ストーカー殺人事件」とは>

「ストーカー規正法」成立のきっかけとなった事件で、ご記憶の方も多いかと思いますが、1999年10月26日、埼玉県の桶川駅前で女子大生・猪野詩織さんが刺殺されました。

元交際相手から異常な監視・中傷・脅迫等のストーカー行為を受け、警察に届け出たにも拘らず「報告義務や捜査が面倒だ」と放置された末に起きた殺人事件でした。

事件後、残された家族を襲った事実無根の誹謗中傷。「ブランド狂いの女子大生」「風俗嬢が店長と痴話げんかで殺された」「自業自得」など、想像を絶する報道被害に苦しめられました。

そして元交際相手は自殺。主犯格の男(交際相手の兄)は一審の「無期懲役」の判決に対し即日控訴。実行犯3人は懲役18〜15年が確定。

また詩織さんが出した告訴状を改ざんした警察官らが懲戒免職処分などを受けました。

詩織さんの両親は「なぜ娘が殺されなくてはならなかったのか。真実が知りたい」と埼玉県(埼玉県警)を相手どり警察の責任を追及するため国家賠償請求を提訴しました。 himawari.jpg (18022 バイト)

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今回は被害者の詩織さんのご自宅に伺って、お父様の憲一さんにお話を伺いました。

居間には詩織さんが生前ご家族の方と暮らした証しの品がギッシリと並べられていました。小さい頃から亡くなる直前までの写真のどれもが素敵な笑顔で、本当に愛情溢れる家庭で育った「普通のお嬢さん」だったのだということが伺えます。

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「事件直後、自宅にマスコミが押し寄せて来た時はどんな心境だったのでしょうか?」

凶器ですよ。マイクを突きつけフラッシュを浴びせて、「一言コメントもらえないと社に帰れないんですよね〜」などと食い下がる記者たちに来る日も来る日も囲まれた。

「私たちがどんなに話しても正確に受け止められるわけない。私たちの意図と違ってしまう・・・」と思った。だから黙ってた。それに警察から(!)『マスコミなんか面白おかしく書くだけだから信用するな』と言われ、それを信じていたし・・・。

実際マスコミは娘のことをひどく書き立てました。『妙な使命感』に囚われ、被害者の気持ちなんて考えていない。なぜ私たちが犯罪者のように責め立てられなければならないのだろう。娘を偲ぶ静かな時間さえ奪われた。妻は報道を目にしないようにしていた。ラジオでも「桶川〜」と聞こえた瞬間に消してしまったほどです。

マスコミは敵でした。

「マスコミの一員として心から申し訳なく思います。しかし、その後、誹謗中傷の嵐の中、詩織さんの名誉を回復し、犯人を探し出し、逮捕に結びつくような取材記事を書いた記者と出会いましたね。」

その記者一人だけが最初から違っていました。他の記者は警察発表を鵜呑みにして、取材もしないで勝手な記事を書き、「これで合ってますね?」とだけ聞きにくる。どんなに違うと言っても取り合わない。

しかし、その記者だけは、私たちが知りもしないような情報〜犯人に関すること、娘の行動、友人たち〜などを取材し、「取材したらこんな話が出てきましたが、どうなんですか?」と私たちに尋ねてくる。自分自身で真実に迫ろうとするその姿勢に初めてマスコミの人間を信用しました。

「そのたった一人の記者が書いた記事が事件の真相を解き明かし、マスコミ全体の流れが逆流しました。警察が告訴状を改ざんしたことも暴き立てられ、ストーカー規正法が成立しました。ご自身を取り巻く変化をどうご覧になっていましたか?」

ある日突然右から左へと流れが変わり、娘への誹謗中傷が全くデマだと理解してもらえました。だからといって娘は戻ってきませんが、それでもあんなに自分たちを苦しめたマスコミが今は『追い風』になっていると感じました。

事実を洗い出し、表面に出してくれたことで、私たちも好むと好まざるとも『ニュースの中』に入って真実を伝えなければならないと思うようになった。

「マスコミに言いたいことは?」

私たちが長い間語らなかった理由の一つに、コメントの一部分だけを切り取られ、視た人にはそれだけが真実かのように曲げて受け取られるのが嫌だったんですよ。

娘はマスコミによって殺され、生かされた。マスコミはそれだけの力を持っているんですよ。

だからこそ、時間や文字数の制限が有る中で、どんな真実を伝えるべきなのか、何を伝えたいのか。その責任を感じながら報道して欲しいと願います。

*

「せめて名誉が回復されて本当に良かったと思います」と声をお掛けしたら、「いいえ、『デマ』だと後から謝られても、最初の報道しか知らない人達がまだまだたくさんいて、私たちはいまだに『あんたの娘も悪いんじゃないの』という言葉を投げつけられることがあるんですよ。だから、『報道も最初が肝心』ですよね。」

himawari2.jpg (11777 バイト)その後、奥様の京子さんがお酒と手料理をご馳走してくださいました。「やっぱり、にぎやかなのがいいんだよ。まだ帰らないでね。」と笑いかけてくださる猪野さん夫妻。こうして笑えるようになったのは、ほんの一年ほど前からだそうです。

私は胸が詰まってしまって、ただただ笑顔を返すのがやっとでした。

1月26日、東京高裁で国賠訴訟控訴審の判決が下されました。

「殺害についての警察の責任を認めず、一審のさいたま地裁の判断を支持し、原告・被告双方の控訴を棄却」する結果となりました。猪野さんたちが今後上告するのかはまだ検討中だそうです。

「今裁判をやっていて、つくづく正義公平さも無いと思った。」

「それこそが『報道』に求められているのではないでしょうかね。」

 

―インタビューを終えて―

この事件で不祥事が発覚した埼玉県上尾署の管轄内に住む方にお話を伺ったことがあります。

「上尾署は元々やる気のない雰囲気が漂っていたけれど、事件後、明らかに交通取締りが減った」と感じられたそうです。

取り締られた市民から「被害者を見殺しにしたくせに!」「他にもっとやる事があるだろう!」などと不祥事(桶川事件以外にも複数発覚)を批判されると、警察官がそれ以上強い態度に出られなくなってしまうのだとか。

このように信頼が得られなくなった警察の管轄内では、結果として『治安が悪くなる』ことがしばしば起きるそうです。

しかし事件の関係者でもないくせに「今なら警察を叩いても良いのだ」とばかりに自らの違反を棚に上げるなんて言語道断です。同じようなケースが「JR福知山線脱線衝突事故」後、JR西日本の線路への置石のいたずらなどにも見られました。

不安定な市民の心理にマイナスのスイッチを入れてしまうのでしょう。しかし、全くスジ違いです。結局被害を被るのは善良な一般市民です。

そうしたスキを与えないためにも警察は毅然としていられるよう威信を保たねばならないと思います。それこそが治安を守り、市民を守ることに繋がるのです。

そして、マスコミも同じです。伝える情報に偽りがあったなら・・・。

「桶川事件」は犯人逮捕という一般的な結末で幕を下ろすことはありませんでした。警察だけではなく、私たちマスコミにも「報道のあり方」が問われた事件でした。

「桶川・前」、「桶川・後」という言葉がニュースの現場で語られることがありますが、「被害者の人権に配慮しているか」、「情報が誹謗中傷の類ではないか」、これまで以上に細心の注意が払われるようになったと変化を感じます。

もちろん私自身、精一杯真摯な態度で報道に臨んできたつもりでした。

しかし母を亡くした今になって初めて猪野さんご家族の味わった辛さが身に沁みて判る気がしています。家族が殺され、誰かに無神経に批判され、そこら中に顔写真がばら撒かれる。もしこれが自分の身に降りかかったことだったなら・・・。そんな耐え難い苦痛を負わされたのです。

そして思いをめぐらせてみました。

「私がこれまで伝えてきたニュースというのは、まさにこうした犠牲者たちの辛く悲しく悔しい思いが詰まっている。その重みを受け止めて、それでも尚伝えなければならないものを判って伝えていたか?」

自分は『伝え手』としてどう向き合ったら良いのか、何を受け止め伝えたいのか、何が求められているのか。

「自分の在り方」。それがニュースに問われていること。私たちの責任だと感じました。

2005.6.5 原元美紀  

 

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