旅のはじまり 2002年春
昨年からNNN24のキャスターとしてニュースに携わり、9月11日にテロの事件を伝えた。
10月には日本テレビ「ニュース朝いち430」がスタート。番組の中で毎朝、テロとその報復に関する報道を続けた。
現場に「行ってみたい」「行きたい」という私の想いは、いつしか「行かなければ・・・」と日に日に強まっていく。
毎日NY支局と結んで最新情報を番組の中で伝えていた私としても、自分なりの追悼の気持ちを込めて、いつかNYへ行きたいと思っていたので、一番の目的はやはり、GROUND ZERO(グラウンド・ゼロ=爆心地)をこの目にみることだった。現在は果たしてどんな状況なのか?自分自身の目で確かめたいという気持が強くあったのだ。
そして、その反面、「現場をどんな『私』で見に行けば良いのだろうか?」という葛藤に近い気持ちも。
瞬時にしてあれだけ多くの尊い命が失われた場所です。日本では、自分の目で確かめたいという人もいる中で、「いわゆる観光で行くことはちょっと・・・」と囁く声もよく聞かれます。どんなに現地の人から呼びかけられても、例えば震災後の神戸へ行く事に対して、やはり「思うところ」が感じられたように。(今年1月17日の時点で、阪神淡路大震災における犠牲者の数は、6048人に及びます。)
では、実際はどうなのか、またニューヨークの人たちはどう思っているのか、そうしたことも含めて自分なりに取材したい。伝えたい。
そしてついに、この想いを実現させる日が来ました。
1日目 2002年5月29日(水)
本当にNYへ。
午後4時頃、JFK空港から直行シャトル・バスで、早速マンハッタンのシンボル、グランドセントラル駅へ向かう。地下鉄でなく敢えてバスを選んだのは、目に映る全てが新鮮であろうこの国の光景をゆっくりと見て、少し浮き足立った私の「心の準備」をしたかったから。
バス停でちょうど、日本人の親子と居合わせた。聞けば、NYの大学で芸術を専攻している女の子が一足早く卒業式を迎えるとのことで、彼女のお母さんがその式に同伴出席する為に渡米したと。そこで思い切って女の子にテロについて質問すると、たまたま彼女はそのころ日本にいたらしく、難を逃れたと言えば逃れたかな〜と話してくれた。でも話を横で聞いていたお母さんの表情はやはり、不安で曇りがちだった気がしました。
バスの車中、NYの郊外クイーンズ地区をぼんやりと眺めながら、その過ぎ去る異国の風景に想いを馳せる。そして徐々にマンハッタン島が、そのスカイ・スクレイパー(超高層ビル群)の頂をして、摩天楼・ニューヨークの顔を覗かせて来る・・・。いよいよ海峡の下をくぐり抜け、憧れのNYシティーへ。
マンハッタンに入ると突然、石造りの背の高い建物が道程を囲み軒を並べ、まるで人を異界に誘い込むかのような佇まいを見せる。明らかに私が良く知る東京とは赴きを違えた「空間」、「空気」、「時間」の流れがそこにはあった。私の中の「センス オブ ワンダー」が、初めて見る世界に対する「驚き」と、なぜだか「懐かしさ」を感じるバイブレーションと共に体の中に広がる。
東京が「混沌(カオス)」を中心として渦巻き存在する都市であるとするなら、ここニューヨークは果たして一体何をその内に秘め上昇旋回する都市であるのだろうか・・・。
空港周辺の渋滞を抜け、NYの地下鉄の主要なラインを繋ぐ要であるグランド・セントラル駅に約一時間かけて到着。そしてマンハッタンを自分の足で踏みしめる為の第一歩・・・。感動もそこそこ、運転手にせかされデッキから自分のトランクを運び出し、いざ行かん!
先ず目に飛び込んできたのは、あの超高層・クライスラー・ビルディング。西日に照らされて天空高く浮かび上がるその美しい姿に、しばし心を奪われる。そして地下鉄利用者の忙しい波に誘われるまま、駅構内を見て回る。噂では、暗くなると天井に星座の絵画が見れるそうな。カメラでパチリっ!
地下鉄路線図で、ここから自分の宿泊先のホテルまでの道筋を確認。でも、やっぱニューヨークといえばタクシーでしょう!と思い立ち、駅のまん前にあったイエロー・キャブ乗り場へと向かう。すると、順番待ちをしていた私の背後から一人の黒人女性のおばぁちゃんが現れた。そしてなんの前置きもなく私に向かって(多分)、いきなり何やら話し出すではないかっ!
「あ〜い らぁぶ ニュ〜ヨォォゥクっ!!・・・ペラペ〜ラ・ペラペ〜ラ・・・(早口で意味不明)」
だから私は取り合えず、「ミっ、ME ,TOO」と答え笑顔を作ろうとする間もなく、おばぁちゃんは「ハレル〜ヤ!ハレル〜ヤァァァァァ−!」と私なんぞそこに存在しなかったかのごとく、唄いながら満足そうに去っていった。こっ、これがニューヨーク!?あまりに強烈な新参者への洗礼に、すっかり度肝を抜かれた私。ヘンな私の笑顔だけが残されてしまったよ。(泣笑)
あっけに取られたままイエローキャブに乗り込もうとすると、電車のつり革のような派手な手すりが窓にぶら下がっているのが目に付く。「なに、これ?」と不思議に思う暇もなく疑問は解けた。 NYの道って、ものすごい悪いんだよぉ!デコボコしてるの!しかも運転荒いし!!つり革にでもつかまらなきゃ座ってらんないのよ!てか、こんなんで交通事故が起きないわけ無いじゃんかーっ!
マジソン・スクエアに面したHOTELに到着。12時間という時差ボケにかなりマイって、ちょっぴりうたた寝・・・。(されど爆睡)な〜んて慌てて起きるともう11時やんけー!「いや〜ん、初日の夜はエンパイア・ステートビルからNYの夜景を眺めるはずだったのぬぅぃー!」。
がっくし、HOTELの窓を開けてみると、あ!エインパイアステートビルがっ!青白赤く?いや、星条旗色に輝いてる!そうなんです。私の部屋から、なんと、エンパイアのライトアップされたビルの尖塔が見えたのであった!
感激しつつも腹は減るもので、気づいたらエンパイア目指して夜のミッドタウンを「食料」探して歩いていました。ほどなく、初日のディナーはNY名物デリカテッセンのお惣菜と決定。中国系の店主がいるお店で、しこたまチャイニーズなおかずを買い込み帰宅。
エンパイアの夜景をシャンデリアがわりに、シミジミとNYに今いる実感と、食べ切れないヘヴィーな量の中華料理の食感を噛み締める私でありました。
TVを点けてリモコンをパチパチやってると、CNNで「グラウンド・ゼロの跡地に何を建てるべきか!?」という討論番組をやっていた。けど、早く寝ることにしました。
そう、明日はグラウンド・ゼロなのだ・・・。